2019年2月のキックオフミーティングで冒頭に発表された「チーフレジデント宣言」と題する野木真将氏による基調講演の内容を3回(Part1-3)に分けて紹介したいと思います。


Part1の全体テーマは、「日本の卒後医学教育を取り巻く環境変化」


 教えないといけないことが増えている環境変化に対応するには、従来の方法(医学知識の伝達を中心とする卒前教育を終えて、いきなり業務プロセスに慣れて労働力として高く期待される卒後教育)だけではなく、よくデザインされた新しいカリキュラムと、それを現場に落とし込むときに研修医の声を代表する人材を意思決定のテーブルに就かせる必要があるのではないでしょうか?

基調講演は、上のスライドのような質問提起から始まりました。会場の参加者は「いいえ」と首を横に振ったり、首をかしげたりしていましたが、ここでいう「21世紀のニーズ」とはどういうことでしょうか?

例えば「敗血症」という状態に対する対応として、抗生剤普及前の1920年代まではどのように治療していましたか? 答えは「瀉血(しゃけつ)」でした。それが今の研修医はどうでしょう?初期大量補液、抗生剤、画像での熱源検索、気管内挿管からの人工呼吸管理、中心静脈カテーテル挿入からの昇圧剤投与、なんなら血液透析まで指示する必要も出てきます。さらに今では早期離床からのせん妄予防、抗生剤の適正使用までの、「医療の質管理」までついてきます。全然違いますよね?

  感染症領域の一部だけを見ても、研修医のトレーニング方法も100年前と一緒ではダメだということです。

  教育とは、「今」だけではなくて、学習者が10年後、20年後に必要となるスキルや知識を習得して実践してもらうことでもあります。では10年後、20年後の日本の医療はどのようになっているでしょうか?


日本の医療の未来予想図とは?


2025年にはSilver Tsunamiと呼ばれる現象、つまり国民の4人に1人が後期高齢者という時代に突入します。外来、病棟、ICUなどが高齢者で溢れるわけです。もうすでにその兆候が見られますよね?

 将来を見越して、医学部や卒後研修で老年医学を教えていますか?

せん妄、認知症、高齢者うつ、転倒、不眠、便秘、ポリファーマシー、終末期医療、緩和ケアなどは「どこが専門?家庭医?内科医?」と言っている場合ではなく、全ての医療従事者が知っておくべき分野と言えます。

同じく2025年には世界保健機構(WHO)が糖尿病と診断される人が12人に1人と予想しています。<Diabetes Care 1998 Sep; 21(9): 1414-1431> こんなに血糖測定装置やインスリン製剤が発達しているのにも関わらず、なぜ患者は減らないのでしょう?これから生活が変化する発展途上国の外食産業や車社会による運動不足という要素もありますが、他にも医療従事者、特に医師が患者の行動変容を促すような診療や説明をしていないからかもしれません。

 研修内容にMotivational interviewingとか、多職種チームによる患者指導と外来フォローを盛り込んでいますか?ワークショップなどで練習させていますか?

さらに先の2035年を目標として厚生労働省が保健医療のあるべき姿を発表しています。その基盤として、イノベーション環境、次世代型の保健医療人材を含んでいます。

2019年春に医学部に入学した医学生たちが卒業して専攻医研修まで修了するのが2030年になる計算ですので、そう遠い未来ではありません。今の医学部カリキュラムに「次世代」の要素はどれほどあるでしょうか?その指導医となるのは今の研修医たちです。

多職種連携、Transition of care, 患者安全、医療の質改善、High Value careなどを今の研修医たちは学んでいますか?

一般市民にとっては「次世代」というとテクノロジー面が真っ先に浮かぶかもしれませんが、すでにテクノロジーは生まれており、技術が成熟してから後付けで法的整備や教育内容を検討していては国際競争についていけないかもしれません。

ビッグデータを利用した臨床研究の手法、Internet of things (IoT)の医療機器への応用、Personal Health Record (PHR)を利用した病診連携、インターネット5G時代による遠隔医療の可能性、そして人工知能(Artificial intelligence: AI)時代における迅速診断やテーラーメード医療などを研修医に教えてますか?


15年先だけを考えても、こんなにも医学教育に関わる環境変化が予想されます。口で言うのは容易いのですが、実際に「医学教育システムの進化を現場で誰が調整していくのか?」。1つ言えるのは、会議室で院長、部長、教授たちが一方的に考えて決められるものではないと言うことです。

今の研修医たちはただでさえ臨床暴露が少ない医学部生時代を取り返すために必死に卒後研修を乗り越えようとしているからです。現場をよく知る人物で、研修医の声を抽出して代表できる人材を教育システムの意思決定の場に参加させる必要があると思います。それよりも喫緊の課題として、「誰が現場で指導するの?」と言う疑問に対する答えもまだ無いように感じます。


国境を越えて移動する医師と日本の医学部の課題


 検討課題は何も日本国内だけではありません。ECFMGの報告によると、昔に比べて海外の医学部数が増加しているようです。特にインドがすごい速度で増えているそうです。米国でも欧州でも国境を越えて医師はどんどんと移動(physician migration)しています。米国では国内の高まる需要を満たすために、海外医学部卒の優秀な医師を受け入れてきたましたが、最近では海外の医学部の「教育の質のバラつき」を懸念し始めました。

2014年にはECFMGが、「2023年からは世界医学教育連盟(WFME)の認定を受けていない医学部卒業生には米国医師免許を認可しない」と発表しました。さぁここからが大変です。日本国内でWFMEの認定を受けている医学部がこの発表時点でゼロ(!)だったからです。

日本人医師が海外の医師免許を取得する数は限られていますが、国際標準の認定を受けていないという現状は危機感を生み、WFMEが直接監査に入るのではなく、JACMEという国内の第三者機構を立てての代理監査の段階に入りました。

数ある課題の中から代表的なものとして、「医学生の臨床参加型実習」が注目されました。規定の週数が足りないのは大学内の調整で可能だとしても、臨床参加させてくれる研修病院の確保はどうするのでしょうか?

ただでさえ忙しい研修現場に臨床実習の医学生が参加してきたときに、誰が指導するのでしょうか?

プログラム責任者養成講習会だけでは、十分な数の良質な指導医は確保できないかもしれません。

指導医が足りない場合には、医学生との距離が近い研修医に指導を負担してもらう必要もあるでしょう。研修医に臨床医学教育のスキルを教えていますか?アウトカムを設定して、直接観察による公正な成績評価をする習慣がついてますか?


チーフレジデントの期間は、卒後医学教育を実施運営する側の立場から概観して実践する、という貴重な機会になります。研修プログラム長の右腕として、ベッドサイド教育、カンファレンス教育などの「対個人レベル」での医学教育から、レジデント全体に対する「対集団レベル」での医学教育まで様々に活躍する場面が想定されます。

これに、全国の仲間とのネットワークやサポート体制が加わればいいと思いませんか?


Part 2では、「チーフレジデントの潜在能力」と題して、米国でのチーフレジデント制度を参考にチーフレジデントの役割の具体例を解説したいと思います。