前回はJACRAチーフミーティングでの基調講演「チーフレジデント宣言」のPart1を解説し、医療現場を取り巻く環境変化を挙げ、卒後医学教育に迫られている変化を強調し、それを実行できる研修施設のキープレイヤーとしてのチーフレジデントの存在を提案しました。

Part2では「チーフレジデントの潜在能力」と題し、米国チーフレジデント制度などの先行例から研修施設でチーフレジデントがどのように力を発揮できるのかを紹介しています。詳細は近日発刊予定の雑誌「総合診療」10月号に掲載予定です。

チーフレジデントって何?!

米国内科プログラム長会議(APDIM)定義
”チーフレジデントとは「管理、教育、メンターシップとカウンセリングの業務を実施している卒業、もしくは卒業見込みのレジデント」であり、米国卒後医学教育認定評議会(ACGME)でも正式な役職

  •  2009年Singhらの報告では、全米では毎年990名のチーフレジデントが選出されており、396もの内科プログラムを支えている。
  •  84%は規定の3年間の内科レジデンシーを修了してから、1年間残って教育専属スタッフとして勤務。
  •  外部からチーフレジデントを採用するプログラムもある。 

チーフレジデントの役割って?

L 主に研修プログラム長の右腕として研修プログラムの運営をする。

 チーフレジデント自身も1年間の任期の間に若手教育者リーダーとして学び、成長する機会となる。
  • マネージメント
  • カウンセリング
  • 折衝係(コンフリクトマネージメント)
  • ロールモデリング
などが含まれ、実際にそういう立場として実践してフィードバックをもらう中で自身のスタイルを確立していくことになる。
 
筆者の所属していたハワイ大学内科プログラムでのチーフレジデント業務を例に「チーフレジデントの多能性」を紹介したいと思います。 

1)チーフレジデントはマネージャーである

 研修施設を維持していくには、米国ではACGMEやその下部組織であるCLERなどの外部監査をクリアしなければなりません。
そこで、チーフレジデントが日々の現場監督として、
  1. 新入職オリエンテーション、
  2. 毎回のローテーション交代時のオリエンテーション、
  3. 業務マニュアル作成、
  4. 教育カンファレンスの企画運営、
  5. 研修医のスケジュール管理、労働時間監視
  6. 病欠時などの対応、
  7. 予算の管理、
  8. 日々のトラブルシューティング、
  9. 研修医代表として施設認定更新時の対応、
  10. 勧誘

などの役割を果たします。 
その際に参考となるリソースとして、以下を利用しました。

  • Core Entrustable Professional Activities for Entering Residency (CEPAER) :AAMCが発行。カルテの書き方、申し送りの仕方、コンサルテーションの仕方、医療文献の調べ方などのワークショップを企画する際の到達目標が書かれている。
  • RIME model (reporter-interpreter-manager-educator):毎月のローテーション開始初日にチーフレジデントがオリエンテーションを提供し、そこで業務連絡及びカリキュラムの確認をします。学年ごとの目指すべき姿を端的に示すモデルとして有用。
  • 開始時に到達目標や評価項目の再確認をすることで、教育目的の業務であることを意識してもらうようにします。
  • IPASS :申し送りを標準化するツール。新年度開始時には朝と夕の申し送り時にチーフが立ち会い、申し送りの質を評価。
  • Clinical Learning Environment Review (CLER)、CLERのガイドライン:ACGMEの下部組織。研修医の労働環境、医療の質改善活動への参加、患者安全への意識を確認するような特別な監査の指針。
  • Jeopardy system:急な欠員時に呼び出される順番が決まった研修医のリストを予め決めておいて、そこからチーフレジデントが連絡して呼び出します。
  • Best Practice for Conducting Residency Program Interviews:AAMCが発行。レジデント採用と面接に関するガイドライン。 
教育カンファレンスの企画運営では、年間計画での内容決定から講師の招聘までチーフレジデントが担っていました。

日々の運営では、研修医たちが開始時間に間に合って参加できるように各部署と調整したり、司会をしながら参加者全員が積極的に参加してしっかりと学習できるように気配りをしていました。毎回の講義やカンファレンスの後にはアンケートを集め、改善点を検討します。 

2)チーフレジデントは教育者である

研修プログラムである以上、カリキュラムは整備されているはずですが、以下のような違いを現場では感じることがあるかもしれません。

  1. 意図されたカリキュラム
  2. 実行されているカリキュラム、
  3. 研修医が肌で感じるカリキュラム
  4. Hidden curriculum(研修医のプロフェッショナリズムや行動に悪影響を与える施設の文化的なもの) 

チーフレジデントは成人学習の基本原則を理解し、このようなカリキュラムのギャップを最小限にし、研修医全員が学びを最大のものにできるように支援する存在です。 
Off the job training に関しては、以下のような役割を担います。

  • 研修医のニーズを常に把握し、カンファレンスや講義の内容を調整。
  • 講義が受け身になりすぎないように、Just-in-time teaching, Flipped classroom model (反転授業), Peer Instruction, Team based learning, Project based learningなどのスキルを試みます。
  • シミュレーション教育のファシリテータートレーニング(Hawaii Simtiki FUNSIM course)を受講する。
  • 多職種合同(IPE: Interprofessional Education) シミュレーションコースを企画実行する。 
On the job trainingに関しては、以下のような役割を担います。

  • 直接の指導医と共にフィードバックの文化や実施状況を確認。
  • 全レジデントの教育能力の向上を狙って、Residents As Teachers (RATs)というカリキュラムを実行する。
  • One minute preceptorやSNAPPS modelなどのフィードバックテクニックを指導。
  • 成長過程が遅れているという懸念が出た研修医がいれば、チーフレジデントがチーム回診や日常業務に同行し、どのように介入すれば良いかを直接観察する。 
レジデントが身につける必要がありそうな新しい学習内容があれば、どのように継続可能なカリキュラムにできるかを検討します。

筆者がチーフレジデントの時には、ベッドサイドの超音波技術(Point-of-care Ultrasound: POCUS)という技術をどのように全レジデントに効果的に履修してもらうかを検討していました。カリキュラムは生き物であり、常に変化が求められるのですが全レジデントを代表する声としてチーフレジデントの役割は大きいのです。 
もっとプログラム運営的な面でいうと、チーフレジデントは以下のようなことにも精通しているべきです。

  • コンピテンシーに基づいた教育カリキュラム(Competency Based Education)
  • ACGMEの求めるMilestone evaluation(マイルストーン評価法)
  • カリキュラムの作成、実施、評価、改善などのプロセス
  • 医学教育をシステム的な目線で体験して学ぶ。
  • RIME model (reporter-interpreter-manager-educator)やMiller’s Pyramidなどのモデル 

3)チーフレジデントはメンターであり、カウンセラーである

研修医とプログラム長や指導医との間に位置するチーフレジデントだからこそ、研修医の苦労や悩みをよく理解でき、よき相談相手になります。

医学生にとっても、レジデンシーを完了した先輩として進路相談に最適な人材になります。 
レジデントの精神状態に以前よりも注目が集まるようになっており、”wellbeing(幸福)”、”Resilience(レジリエンス)”などという用語が頻繁に聞こえてきます。
これらが欠落している研修医は、以下のような問題が顕在化する可能性があります。

  • 患者に対して思いやりのある対応(compassion)を示せなくなる
  • パフォーマンスが低下する
  • 医療ミスを起こす
  • 最悪の場合にはトレーニング途中で燃え尽きなどでドロップアウトしてしまう 
チーフレジデントは、日頃から後輩研修医たちの状態に目を配り、燃え尽き症候群の兆候を察知して、事態が悪化する手前で対処できるかを検討します。
プログラムによっては、Maslach Burnout Inventory (MBI)などを使って定期的に全レジデントの状態をモニタリングしています。

業務に忙殺されてCompassionを失いそうになっている研修医やスタッフに対しては、Schwartz roundと呼ばれる特別な機会を開いたりもします。 

パフォーマンスが低下しているレジデントに対しては、早期発見と早期介入が有効ですが、誰のアンテナにも引っかからなかった場合には、悪い評価が下って初めて気づかれる場合もあります。チーフレジデントは常に現役レジデントの評価委員会にも関わり、このように悪い評価がついたレジデントに対して妥当な評価かどうか、もしくは燃え尽きなどの介入可能な状態で二次的にパフォーマンスが落ちているのではないかというコメントをすることができます。

チーフレジデントに選出される人は多くの場合、人格的に成熟して落ち着いており、周囲から人望が厚い人なので、揉め事が起こった時(コンフリクトマネージメント)の仲裁も信頼できる存在になります。チーフレジデントだけではなく、先輩研修医となるにあたり、コンフリクトマネージメントのスキルを学ぶのは良いことですね。

4)チーフレジデントはリーダーである

前述のように多彩な働きをするチーフレジデントは研修医たちと上司との間に位置するミドルマネージャーとして、徐々に信頼を得て、最終的にはリーダーシップスキルを実践を通じて現場で学んでいきます。卒後年数が経ったからリーダーになるのではなく、このように重要な立場で色々なケースを通じてフィードバックを受けてリーダーは形作られていきます。

リーダーシップというものは固定されたものではなく、流動的なものではありますが、最近のリーダーシップモデルの一つの特徴としては、旧来の独走的で殿様的なものよりも、
  • 協力/協同
  • 感謝
  • 傾聴
  • コミュニケーション
  • 謙虚さ
  • ビジョン

などという資質が注目されています。そういったものはまさにチーフレジデントという中間管理職を通じて磨かれるものでしょう。 
では、トレーニングによってリーダーシップスキルは上達することができるのでしょうか? 

一つの可能性として、Emotional Intelligence (心の知能指数)に注目してチーフレジデントにワークショップを提供しているのが、ハーバード大学、クリーブランドクリニック、ワシントン大学などの教育で有名な研修施設です。 

5)チーフレジデントは変化を促す

ビジネス界では、周囲の変化に対応できない組織は存続が危うくなります。同じように、part1でもお話ししたように環境変化に対応できない医学教育システムは次世代の医師養成に苦労します。ミドルマネージャーとして信頼を得た次のステップとして、浮き彫りになった問題点や必要な改善点をどのように組織として修正していくかが大切です。

問題点を列挙するのはできたとしても、状況を変えるのはまた一苦労です。変革(innovation)は大変なことで、山ほどある障壁に心が折られるからです。
しかし、チーフレジデントはそのようなchange catalyst (変化を促す存在)になり得ます。

チェンジマネージメントを学び、行動経済学や行動心理学などで意思決定の工程を学び、どのように段階的に適材適所を用いて変化を促していくのかを考えるのです。 

ハーバード大学経済学者のJohn Kotter氏の”Dual operating system”の概念を借りますと、既存の研修病院や大学病院システムの中でヒエラルキーを崩して抜本的改革をするのは非現実的であるため、それとは独立して、Change teamなる変革を検討して自由に動いて連携できるチームを作って組織を導いていくのは効果的かもしれません。 
各地の研修病院のチーフレジデントたちが組織内の変革チームだとすると、それを全国的につなぐ媒体がJACRAという団体になれば良い!

そういう願いで設立運営しています。 

次回Part3では、全国のチーフレジデントの進化を支えるJACRA設立の願いと現在の活動を詳しく紹介したいと思います。